「母が認知症で実家が売れない!」
このような相談を受けることがよくあります。ご高齢になると、認知症になったり、病気になったりして介護費用や入院費用がかさむため、「認知症の母が持っている不動産を売って、母の費用に充てたい」とのご相談をいただくことがありますが、それはできません。母のためだからといっても、あくまでも母のものですから、代わりに手続きをしようとしても「母の」意思が確認できないのなら売却できません。
想像してみてください。自分名義の不動産が、自分の知らないうちに勝手に売却されていたらどうですか?当たり前ですが、立派な犯罪です。法的にそのようなことはしてはいけないことになっています。
それでも、「私は母を介護していて、印鑑も通帳もすべて管理しているのよ!」という声が聞こえてきそうです。何とかして不動産を売却しようとしても、実際の不動産取引では我々司法書士が立ちはだかることになります。不動産を売却するということは、不動産の名義変更(これを正式には「登記」といいます)をする必要がありますが、登記のプロである司法書士は、取引の安全のために、必ず売主の本人確認と意思確認を行います。このときに売主本人である母が認知症で意思確認ができないとなると、取引中止になるのです。
このような事態にならないように、元気なうちに「もし自分が認知症になったら、自分の代わりに不動産を売却して施設の入居費用にあてる」ことを子どもに信託します。契約書で、将来その約束を確実に実行させていくことを取り決めし、不動産の所有権を受託者である子どもに移しておくのです。
するとどうなるかというと、司法書士は母(委託者)の本人確認と意思確認をする必要はなく、子ども(受託者)の本人確認と意思確認を行なうだけでよいことになり、問題なく売却することができるのです。つまり、認知症による財産の凍結を防ぐことができます。
ちなみに、売却したときに受け取るお金は母のものですし、そのときに発生する税金もその中から支払います。「母のため」の家族信託ですから、そのようになります。
このケースでは、受託者は子どもにしていますが、配偶者であったり、面倒を見ている甥姪が受託者になったりするもありますし、法人が受託者になることも可能です。とにかく信頼できる受託者にお願いすることが大事です。